emotion for xxxbody?
少しだけ慣れない感触だったけれど。
やってる事はどっちも同じようなものだ。
■8月15日、金曜日
「で、コレが私の考えなんだけど。あなたはどう思う?」
私は、私の彼氏という事になっている少年の腰に跨りながらニマッと笑う。
ベッドの上。私も彼も既に制服の上着は脱ぎ去っている。
彼は突然の事にも全く驚きを見せない無表情で、
「あー……なんだ。
つまりアレか。俺たちは今からベッドの上で熱くハードなリアルバウトを行うワケだな?」
「誤解を招くような言い方しないでよ。それにバウトする必要もないわ。
私は静かにコトを為し、あなたも静かにコトを為すだけよ? 言っておくけど拒否権は無いわ」
「つまり俺の言い分も間違ってないよな?」
彼は馬乗りになっていた私を腕一本で押し倒し、逆に覆い被さってくる。
器用にも片手で私のシャツを脱がしながら、唇に唇を押し付けてきた。
外気に晒された肌の冷たさとは裏腹に、それがとても熱い。
私は唇を振り切る。
「あなたの頭にいくら血が昇ったって、私は冷静よ? どれだけ醒めてたって、私は最後まであなたの恋人だからね。
……今更だけど、やっぱり何かを一緒にするならあなたしかいないのよ」
「こんな時でも相変わらずクールだよなあ……お前は」
彼はいつもの子リスのような笑顔を浮かべる。
子リスが笑っているところなんて見たことないけど、なんとなく、そう思っていたのだ。
私は、その笑顔が好きだった。
「それだけでいいよ。それだけでいい。
どれだけ理性的でどれだけ醒めていたって…………互いを想い続けていられるなら俺たちはずっと恋人だ」
彼は、彼のモノを私の中に差し込んできた。
■
――――なんて簡単なことだろう。
結局ひとは、誰かのことを想っていたかっただけなのだ。
■4月24日、月曜日
(1)
「コアー! 起きなさい! もう朝よー!」
いきなり!マークの3連続である。お母さん朝っぱらから血圧上げ過ぎじゃないですか。
でもそれは私に向けた呼びかけなので、血圧上昇の原因は私にある。
ここは素直に起きるのが親に対する娘の誠意でしょう。脳の血管が切れてポックリ逝かれても困るし。
「はーい、起きますー!」
返事と共にベッドを出る。
自分で自分の声を聞いて、
『ああ、相変わらずかったるそうだなあ』
なんて思ってしまう私は、まあ……自己分析するまでもなくめんどくさがりだ。
だけど今日の朝は清々しい。何故なら部屋が完っ璧に片付いているから。
自分で言うのもなんだけど、部屋が清潔だとそれだけで色んなものが綺麗に感じられる。
カーテンから差し込む光はまるで純白のシルクのように柔らかに。
光を眩しく反射する白紙のノートと、黒く輝く落書きばかりの教科書。
昨日テスト勉強サボって部屋を片付けた甲斐があったわ……!
少しだけ元気が出たので気分良く目が覚めた。
我ながら単純で非常に好感が持てる。何事も何物も、扱い易いのはいいことだ。
パジャマを脱いで、壁に掛かった制服に着替える。
ウチの高校の制服は可愛いことで有名だけど、私にとっては割とどうでもいい。
それで良かったことと言ったら、精々トラが喜んでくれることくらいだ。
この前、彼女の制服が可愛いと制服デートが楽しいよねヘヘヘなどという妄言をエロオヤジ顔で宣いやがったので、ボディーブロー一発で沈めたのはいい思い出だ。
まあ……褒められること自体は嫌じゃないんだけど。彼の発言はいつでもセクハラ気味なのだ。
セクハラ許すまじ、女の子の体裁的に。これもトラナミの事を思っての事です。愛の鞭万歳。
「コアー! 早くしなさい! トラナミくんもう来てるのよー!」
は、トラの奴もう来てるの? 何故に今日に限って?
確かに普段から朝は早かったけどさ、ズボラな割に。それでもいつも私が家を出るときに迎えに来るくらいだ。
……夜な夜な男の劣情を放出してるだろうに。身体でかいし、体力は有り余ってるのだろうか。
「今行くー! 待っててもらってー!」
そんなこんなで気付いたら着替えは完了している。
脱いだパジャマを畳んで、変な所は無いか鏡で確認する。
うん、バッチリ。今日も私は何処に出しても恥ずかしくない美少女だ。
(2)
下に降りると、私を除く鮎崎一家とトラが談笑しながら朝食を食べていた。
テレビには朝のニュースが流れているが、皆会話に夢中で全く興味を示していなかった。消せよ。
「まあトラ君、それ本当なの?」
「ええ、コアさんはどうにもまだ決心が付いていないらしくて」
「全く……女の風上にも置けんな、ウチのコアは。
だけど遠慮することないぞトラナミくん、アレが隙を見せたらいつでも襲ってやってくれたまえ」
「ええ、御義父さん。僕もそのつもりです」
ガシッと熱苦しい男の握手を交わす私の父親と私の彼氏。いやいやいやそれよりも……。
「朝っぱらからどんな会話してんのよウチの家族は……」
「あ、ねーちゃんおはよー。聞いたぜー? まだした事ないんだってなー」
空飛ぶ学生カバンが我が弟の顔面にヒットした。
「いってえ!?」
「あ、ごめん。狙い頃の的があったから、朝の体操がてらにやっちゃった」
「最悪だ、小学生の弟に暴力振るう姉なんて!!」
「偏った知識を持ってる小学生男子の方がよっぽど悪質よ……」
「いいじゃんかよ別にー。思春期なんだぜ俺は」
「それを自覚してやってるのがタチ悪いって言ってんのよ。
それとそこのトラナミ」
トラは「んあ?」と食パンを頬張ったアホ面を上げて私を見る。
……その表情を見てなんだか一連の事がどうでも良くなったけど、それでも一応は言っておかねば。
「アンタもウチの家族に何変な事吹き込んでるのよ」
「いや、俺としてはこちらの御義父さん御義母さんとも家族ぐるみのお付き合いをしたいと考えていてだな……」
「トラにーちゃん、俺も俺もー!!」
「おう当然カクも一緒だぞ。俺とお前はもう兄弟だ」
「ホント? やったー!」
「……………………」
……何故私の彼氏は、こんなにウチの家族に人気があるのだろう。
家族に限ったことじゃない。彼は友人も多いし、ぶっちゃけモテる。裏表のない性格ゆえだろうか。
……まあ、そんなところも、嫌いじゃないけど。
「でも何だって今日はこんなに来るの早いのよ。いつもだったらもっと遅いでしょ?」
「ああ、だって一番最初に言いたかったからな」
「…………? 何を?」
「誕生日おめでとう、コア」
「…………ああ、そういえば」
今日は私の16歳の誕生日だっけ。
それはつまり、少女が蕾から華開き始める年齢だという事であり。
辛くとも輝かしい青春が待っている年齢だという事であり。
将来の為に多くの経験を積む年齢だということであり。
そして、“あの制度”が始まる年齢になったという事だ。
「……………………」
それを思うと、少し憂鬱になる。
この国には、去年から16歳以上の国民にとある義務が課せられるようになった。
義務の内容自体は大したことは無い。
不定期に行われる“ある式典”に参加して、ボタンを押すだけだ。
年に何回もあるわけじゃなければ、式典そのものだって30分も掛かりはしない。
それでも私はこの制度に参加させられることが本当に嫌だった。
きっと誰だってそうだろう。だってその式典は――――
「きゃー! お父さん聞いたー!? 何この熱々カップル!? 正直ベタ過ぎてもう気持ち悪いってレベルじゃねーわよね!?」
「おうおう、何でこんな誠実な青年がウチのコアなんぞを選んだのだ……もっとイイ女は他にいくらでもいるだろうに……」
「なートラにーちゃん、ねーちゃんなんかよりもっと可愛い女の子紹介してあげるよー。俺のクラスメイトだけど」
「ははは我が義弟よ、それだとお兄さん色々非合法で捕まるからダメだー」
……ウチの家族は空気が読めているのかいないのか。
「アホかアンタら……茶化してないで素直に祝いなさいよ、我らが長女の誕生日くらい」
憂鬱さなんて吹き飛ばさなきゃ、ツッコミの一つも入れられやしない。
そして、
「お、少し元気出たな」
そんな私の些細な感情の動きさえ、トラは拾い上げてくれてくれる。
「お前の性格じゃ気にするなって方が無理だしな。辛かったら言えよ」
「ん、ありがと」
「……母さん、もうツッコむのもアレなくらい慣れちゃったけどやっぱりこの人たち凄いよ母さん。
アレか? 16にもなると人目を気にせずにいちゃつけるもんなのか?」
「どうかしらねえ……昔のお父さんはトラくん以上に積極的だったと思うけど?」
「バッカ、母さんの方が俺より積極的だっただろ。正直初めての時はほとんど逆レイプでしたよ?」
「なーなーねーちゃん、レイプって何ー?」
「……………………」
我が一家のボケとツッコミの比率は3:1である。
それだけでも大変だというのに……
「我が義弟よ、レイプというのは紳士が決してしてはいけない行為だ。紳士に許されているのはおさわりまでだぞ」
「へえー、トラにーちゃん物知りだなー!」
「当然だ。そして俺も紳士なので好きなだけ触るぞー!!」
奇声を上げてデカブツが向かってきたので拳を突き出した。
デカブツは空中に固定された拳に顔面から突っ込み、自爆した。
「あれ? 何してんのトラ。アンタ身体デカいんだから、そんな所で寝転がってたら邪魔じゃない」
デカブツは反応しない。両手の指が何かを揉むようにワキワキと動いている。
「……トラナミ君、多分コアのはそんなに大きくないぞ」
掌底って便利だ。けっこう硬いからあまり力がなくても敵を倒すことが出来る。
「あれ? 何してんの父さん。まるで顎に掌底でも食らったような倒れ方して」
「……お前結構色々凄いな」
ごもっとも。得てして綺麗な女の子には棘が有るものなのだ。
「ほら行くよトラ。ウチの家族に構うのは今度にしなさい」
トラの頭を蹴飛ばすとビクンと一回大きく震えて、ハッと目を覚ました。
「……おおう、ここは何処だ? 頭上にコアのパンツが見えるからエルドラドか?
――――すいません嘘です下段突き構えるのやめて下さい前に喰らったヤツで顔面陥没したのは今でもトラウマなんです。
……で、お前朝メシは?」
「食パン一枚で事足りるから大丈夫。あと牛乳一杯」
「おう、牛乳は欠かすなよ。牛乳飲まんと乳大きくならんぞ」
「大きなお世話よ」
コップの牛乳を一気飲みしてトーストを咥える。
ついでに目の前に引っ張りごろのネクタイがあったので、それも引っ張って家を出ることにした。
「いっへひはーふ」
「あい、いってらっさい」
「……ほ、ほあ……ひ、ひまってる……」
「……シメてんのよ」
「嬉しくない! 『あててんのよ』みたいに言われてもそれ嬉しくない!!」
私の拘束からすんでのところで脱出したトラが叫ぶ。
「何よ、折角あなたが好きそうなセリフをオマージュしたのに」
「しなくていいよ! そういうのは素直なのが一番良いんです!」
トラとの会話は飽きない。それこそ、飽きるほど、という表現が一番しっくりくる程言葉を交わしたというのに。
……今までだって、こんな感じだった。変に気を遣う必要もないし、トラとそんな特別な関係に慣れた事が、今だって純粋に嬉しい。
だから私は――――
「――――またその内。私の気が向いて、たまたまそこにあなたが居たらね」
そんな些細な、だけど大切な“次”の約束を、何の憂いもなく出来る。
トラナミと私は、彼氏と彼女、なのだから。
「はいはいはい、もういいよそこの天然惚気カップルは。さっさと学校行ってこい。
ぶっちゃけお父さんは空気が甘過ぎて死にそうです。青酸カリと同じ匂いだぞ、お前らの発するオーラは」
バカップルの自覚は……まあ、ある。青酸カリがどうとかは置いといて。
アレってアーモンド臭がするんだっけ。お菓子に使う種みたいな甘い匂いじゃなくて、果実そのものの甘酸っぱい匂い。
そう考えると妙に青臭い表現な気がして気恥ずかしくなる。我が家の大黒柱も、中々な青春詩的ハートの持ち主だ。
いやまあ……父さんは単純に致死毒って意味の嫌な例えで使ったんだとと思うけど。
「うん、じゃあ……」
居間を横切ろうとして、
『それではここで、ここ数週間世間を騒がせている“ペアハート事件”についての続報です。昨日未明、4組目の死体が発見されました』
テレビの中で、聞きたくもない言葉を口にするニュースキャスターが視界の端に止まった。
「……いってきまーす」
私はそれを意識の外に追いやろうと、気持ち大きめに声を出した。
『“ペアハート事件”は先月から世間を騒がせている事件で、互いに心臓を刃物で刺し合っている2人1組の死体が発見される事件です。
これに対し日本王国政府、ならびに王立警察機構は――――』